森友学園を契機に堰を切って暴走を始めたアベの極右化――対抗すべき政治勢力はあるのか

全く酷い日本の春の風景だ。

アベ夫婦の権力乱用にはふたをするわ、防衛省・自衛隊のシビリアン・コントロールは地に落ちるわ、原発事故などなかったかのように再稼働に向けて避難民の強制送還は続くわ…。

こうしたアベ政権の負の側面がいかんなく発揮されているのが、今年の春だ。いや、負の側面と言うよりは、アベの本質が全面開花しているのだ。そのせいか、当地の桜は足踏み状態が続く。

例えば籠池問題。

籠池と同じ日本会議の仲間であるはずのアベ政権中枢が、「権力に刃(やいば)を向けた」として当の籠池本人を偽証罪で告発し、検察を動かして口封じに走ろうとしている。

だが、極右勢力が持つ極めて暴力的側面を知り抜いている籠池夫婦は、偽証罪での告発以上に官邸が仕掛けてくるかも知れない「物理的な口封じ(=政治テロ)」の影に脅えているに違いない。

そのことは、互いに世間の目につかないところで今も繰り広げられている暗闘の過程であれば、我々が知りうべくもないし、まさしく“自己責任”として予期しない形で終結するのかもしれない。

しかし、我々が求めるのは、目の前で、目に見える形で進行している政治のグロテスクな変質過程の解明だ。本来、国会が国政調査権という伝家の宝刀を抜いて調査し、偽証告発すべき対象は、アベ首相本人でなければならない。

それに比べれば、アベ昭恵などは、単なるパシリに過ぎないのであり、時々脱線する程度のテンパーですらある。ただ、夫・シンゾと並んで常識と教養がないのだけは救いようがないのだが。

そもそも、この問題で国政調査権を使って調べ、白日の下にさらさなければならないのは、国有地のバーゲンや木っ端役人の忖度、私学審議会への松井一郎大阪府知事の不当介入などではない。

これらの問題は、もちろんそれぞれに解明されなければならないが、それは一義的には国会の役割ではないはずだが、これほど与党(自民・公明)一体となって疑惑の隠蔽に走っている現状では、そこを突き崩すためには、こうした泥沼的攻防も仕方がないのだろう。

だが本来であれば、与党も野党も立法府のメンツにかけてでも、昭恵やアベをフェイスブックのコピーの提出やへらへらとした「国会答弁」という形ではなく、籠池と同じ証人喚問として呼ぶべきものだ。それができない体たらくにこそ、韓国に比べはるかに劣る日本の政治の後進性がある。

この問題の根っこにある最大のものは、そうしたアベとそれを取り巻く政治権力の総体が、官邸を通して日本中の学校に戦前教育の復活をもくろんでいるところにある。その意味では、籠池もアベも同根だ。

そこにはアベの登場以降、政権の中枢部に巣を食うようになった日本会議の影があり、そのバックボーンである、日本最大の宗教団体・神道(神社神庁)とともに、日本の教育を大きくゆがめ始めてることが問題なのだ。

彼らは一様に、戦前教育の復活を目指し、学校で教育勅語を教えることを目標の一つに掲げている。

男系による皇位の継承を目的とし、明治憲法の復活にも似た新憲法の制定を求める彼らの姿勢は、現憲法を唾棄すべきものとして位置づけ、その精神をことごとく否定し、民主主義を葬り去ろうとするところに顕著に表れている。

彼らは、とりわけ教育の分野においては、現在の教科書の歴史観すら「自虐的」と規定し、その改変を求める。

尖閣諸島をはじめとする領土問題に異常な執着心を燃やし、日本が過去に行った幾多の侵略戦争を全面的に否定し、「聖戦論」を唱える。

従軍慰安婦を“売春婦”として規定することで日本軍の関与と強制性を否定し、南京大虐殺は中国の内戦による同士討ちの犠牲者だとか、虐殺の人数の計算が合わないなどとして、韓国や中国などからの謝罪要求を頭ごなしに否定する。

それらは籠池が経営する塚本幼稚園で、園児たちに教育勅語を暗唱させたり、「支那人や韓国人などの悪い国々から日本を守る…安倍首相頑張れ」と教えていたことが明るみに出たことで、ようやく日本中を少なからず仰天させ、問題の在り処がどこなのかを示唆した。

アベ昭恵がこの園児たちの勅語暗唱を聞いて涙ぐみ、「帰ったら安倍首相にも伝えます」と園児に約束し、「安倍首相もこちらの教育方針に賛同しています」と述べたことで問題の在り処はさらに明確になった。

その上で、自ら瑞穂の國小学校の名誉校長を引き受け、安倍晋三小學院と付けられた学校名に誇らしげな思いを抱くなど、夫婦一体となって日本会議イデオロギーにどぶ漬かりしていたことを自ら暴露した。これでホンボシが確定した。

教育勅語は「朕惟フニ」で始まり、縷々、“道義や礼節”を唱えた後、「一旦緩急アレハ…」と急展開し、その後は「義勇公ニ奉ジ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」と続く。そこで述べられた“道義や礼節”なるものは、すべからく「皇運ヲ扶翼スベシ」に収束されるべきものと説いているわけだ。

すなわち、教育勅語はその根本理念において「危急の場合(=戦時においては)天皇のために命を投げ出すこと」を国民に強要した、戦前教育の最も醜悪な部分であり、イナダ防衛相や下村前文科相らの“ネトウヨ族”が共通認識として持っている(らしい)「至極真っ当なことが書かれている」などという代物では絶対にあり得ない。その程度のリテラシーすらない低能な人間が、国の防衛と教育をに担っている(た)わけだ。

彼らはその道義・礼節の部分のみ取り出し、これを礼賛することによって、帝国日本が、そしてその侵略のイデオロギーに何らの抵抗も見せなかった日本人が、アジア諸国民に対し行った暴行、略奪、強姦、虐殺の数々を、あたかも“善行”であったかのように歴史を歪曲し、正当化する。

しかしながら、いまの問題となっている教育勅語を出汁に使った補助金詐欺や国有地の大バーゲンセールは、それらの道義・礼節をすらわきまえない“教育者”と、それと歩みを共にしてきたアベ夫婦らの合作なのだ。

当然のことながら教育勅語は、戦後の3年を経たずに衆参両院で以降学校教育には使ってはいけないものとして排除と失効が決議されているが、それを戦後70年以上を経た今、改めて持ち出すところに、日本が再び「戦前」に大きく回転していく際どさを感じさせる。

事実、政府は31日、この教育勅語を教材として用いることは「否定されない」との答弁書を閣議決定した。教育勅語なるものが、明白な憲法違反であることの認識がまるでなく、イナダ防衛相に至っては、いまに至ってもなお、国会答弁の中で、勅語の内容を好意的に評価し、是認する見解すら述べている。

であるならば「近隣諸国とも仲良く付き合え」と言う視点にまで、イナダはなぜ踏み込めないのか。そこにイナダと教育勅語の本質的なアナクロニズムとしての限界性が見える。

また同日、厚生労働省は3歳児以上を対象に、保育現場で国旗と国歌に「親しむ」(親しませる)ことを明記した保育所の指針を正式決定している。

戦前の教育を紐解くまでもなく、「日の丸・君が代」は教育勅語と直結していたことは事実。どの小中学校(国民学校)にも、日の丸と勅語のセットが恭しく飾ってあり、その前を通る時は直立不動の姿勢を取った後、最敬礼をしなければならなかった。

そうやって子供のころから無批判的に叩き込まれた「万世一系」だの「八紘一宇」「鬼畜米英」などの狂気の軍国主義イデオロギーが最高潮に達したとき、日本は取り返しのつかない戦争へと突き進んで行った。そこで日本人は2000万人ともいわれる他国・他民族の命を奪った

今となっては笑い話のようだが、日本が武力占領した朝鮮半島や中国、満州、南方、北方諸島の隅々に至るまで、日の丸と教育勅語は行きわたっていて、恐らく、毎朝、外国人にもその朗読や君が代斉唱を強制していたのだろう。

自らが侵略し、殺しまくったその地で、生き残った住民らに日本の天子(天皇)を拝めと言う。日本人はなんという破廉恥なことをしたのか、赤面しないほうが異常ではないか。

その狂気の日の丸・君が代を保育所にまで復活させようとする厚労省の目論見は何か。

「女性総活躍社会」を打ち出しながら、母親が勤務に就いている間に保育所に預かった子供たちに軍国主義教育をほどこすとは、籠池の幼稚園と寸分違わない、侵略性むき出しの幼児教育のあられもない姿がそこにはある。

さらに同日、松野文科相は、中学校の新学習指導要領に保健体育科の武道として新たに「銃剣道」を加え、武道の種目を9に増やした。

銃剣道とは、めんや胴など剣道に似た防具を身に付け、銃の形の「木銃(もくじゅう)」でのどや小手、肩などのポイントを突き「一本」を狙う競技(朝日新聞)で、全国の競技人口は3万人をやや上回る程度だ。

文科相は、銃剣道が国体の競技種目にもなっていることを判断の材料としたというが、その7~8割が自衛官(とその退職者)であり、とても一般的なスポーツと言える代物ではなく、何らかの他の目的があることを推認させる。

銃剣道は、1890(明治23)年、日本の伝統的な剣術や槍術を元に独自の軍刀術・銃剣術として制定され、その後第2次世界大戦中に名称を「銃剣道」に改められた。小銃の先に銃剣を装着した武器を用い、白兵戦・近接戦において敵を殺傷するために用いられた軍隊の戦闘技術だ。

三八式銃の導入に伴い、日清・日露戦争中より中国大陸の日本軍で主に使われ始め、アジア・太平洋戦争中は日本のほとんどの戦線で使われたが、このころになると近代兵器に押され、実際の戦闘場面での戦闘能力としてはあまり意味を持たなくなった。

しかし戦争中期~末期には軍の補給が途絶えがちになり、戦局が一気に不利になったころから、銃弾が極度に不足した日本兵は、玉砕戦法として銃剣を振りかざし、敵地への夜襲や突撃切込みに使ったり、現地住民から食料を強奪する際の脅迫や強姦、非戦闘員の殺戮の際の凶器としても威力を発揮した

南京大虐殺では、捕らえた中国人捕虜や民間人を立木や杭などにしばりつけた上、銃剣をもってする突撃訓練の的として繰り返し使われたとの証言も数多い(『1★9★3★7』辺見庸、『生きている兵隊』石川達三、など)。

銃剣で人体を突き刺すことを「シトツ」、刺されるほうの中国人を「ツンコピン」と呼び、銃剣術は皇軍新兵の「肝試し」や殺人訓練に用いられた。

以下の引用は、上記『1★9★3★7』からの又引きだが、『初めて人を殺す――老日本兵の戦争論』(井上敏夫著)にでてくるある少尉と軍曹の言葉だ。

「『今からお前たちの度胸をつけ、実戦に役立つ兵士にするために、実物の人間を使った銃剣術の刺突訓練を実施する。相手はわが軍に敵対した憎っくき中国兵(ツンコピン)だ。なんらためらう必要はない。日頃、銃剣術で習った通りに動作すればよろしい』。ついで軍曹がでてきて号令をかける。『気をつけ!着(つ)け剣(けん)!』。兵士らはいっせいに腰の帯剣をぬき、それを、天皇の下賜品であることをしめす菊の紋が銃身に彫られた三八式歩兵銃の筒先にとりつける。ニッポン兵と同じ軍服の古着を着せられた男性中国人がひとりクスノキにしばりつけられ…」(引用ここまで。太字はブログ管理人)

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なぜ今になって、こうした帝国陸軍の殺人戦法を“スポーツ”と称して中学生に教える必要があるのか。これでは、先の大戦における日本軍の犯罪行為を正当化し、再び生徒たちを軍国少年として育て上げ、戦地に送り込むための戦闘訓練と言われても仕方がない。

どこまで現政権は、歴史の忘却と捏造、正当化を図れば気が済むのか。単なる「政権の右傾化」などという悠長な言葉では済まされず、全く時代錯誤の「日本(人)の犯罪集団化」を推し進めているとしか言いようがない。

皮肉を込めて言えば、「共謀罪」の適用対象はアベ政権一派をおいては他にないだろう(「犯罪準備への着手」と「暗黙の合意」が推認される)。

一連の教育勅語、日の丸・君が代の復活と道徳、銃剣道の教科化などが指し示す方向は、戦前の日本人が国家神道に洗脳された皇国イデオロギーの下、狂気の火の玉となってアジア諸国・諸民族に襲いかかった悪夢の再現そのものと言える。

従軍慰安婦や強制連行の歴史的事実をまともに学校教育に取り入れることをしない安倍シンゾらと、彼らによってもたらされつつある軍国主義教育の復活は、国際社会の目からはどのように見られるのか。

周辺諸国に対する心のこもった謝罪や賠償から逃げ回り、いつまでたっても反省しない国として、それらの国々が日本に猜疑の目を向けているときに、このような狂気の安倍シンゾをトップリーダーとしていただいている国民の民度の低さは、世界史上に特記されても良いだろう。まさに「世界遺産」モノだ。

だが、野党やマスコミを含め、戦前日本の復活を警戒する論調は、ごく一部を除いて極めて低調だ。維新はもとより、野党民進党の中にも、日本会議のメンバーと思しきものも少なくないし、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に名を連ねる議員もいる。

さらに驚くべきは、今日の毎日新聞にあるような日本共産党の体制すり寄りである。共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が、この4月1日から元号表示を復活させたというのだ。

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一瞬、エイプリール・フールの悪い冗談かと目を疑ったが、どうもそうではないらしい。毎日新聞の報道によれば、「赤旗購読者や党員の減少に悩む共産党は、保守層への支持拡大をうかがって…」元号の使用に踏み切ったという。

「元号の慣習的な使用には反対しない。読者の要望に応えた」と説明しているところを見ると、全く気が触れたというわけではないらしくて、むしろ「確信犯」的範疇に属するのだろうが、天皇制と鋭く対決していくのが共産党の党是ではなかったのか。

いや、その党是を切り捨ててでも天皇制にすり寄りたい体制内化したいというのであれば、どう考えても、やはり、気が触れているのは間違いない。

現安倍政権が、前述のような軍国主義、天皇制イデオロギーの復活に向けてシフトチェンジしている真只中に、あろうことか天皇を讃える元号を、例え便宜的にでも共産党が復活させるとは、国民に対する裏切り行為そのものではないか

戦前の治安維持法によって大量に検挙され、獄中で拷問死させられた共産党の創立以来の幾多の先輩党員に対し、志位和夫小池晃は、どんな言い訳を用意しているのだろうか。

こんなことで議席を伸ばしたり、政権に近づけるとでも思っているのなら、もはや日本の野党は救いようがないレベルにあると言わざるを得ない。共産党までもが「気が触れて」しまったと解すしかない

さもしい金に気が触れた見世(みせ)女郎のあさましさと」(浄瑠璃・近松門左衛門『冥途の飛脚』より)

桜の季節に、「梅川」でもないだろうに。

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保育所で「国旗国歌」
運営指針決定 委員「議論一切なかった」

(東京新聞2017年04月01日朝刊)

厚生労働省は31日、3歳児以上を対象に、保育現場で国旗と国歌に「親しむ」と初めて明記する保育所の指針を正式決定した。文部科学省が同様の趣旨を幼稚園の教育要領に盛り込んだことを受けた見直しで、幼児教育の整合性が理由。2018年度の施行する。

今回見直した「保育所保育指針」は、乳幼児の成長や安全面で配慮する点について、保育現場での順守や努力を求める内容。3歳児以上が「保育所内外の行事で国旗に親しむ」「国歌、唱歌、わらべうたや我が国の伝統的な遊びに親しむ」と記した。

指針の改定は、厚労省の有識者委員会が意見を取りまとめ、2月に同省が案を公表した。

複数の委員は「国旗と国歌に関する議論は一切なかった」と話す。これに対し厚労省は「幼稚園や認定こども園との幼児教育の整合性は、委員会で認識が共有されている」と説明している。

厚労省は2月に改定案を公表。その後のパブリックコメント(意見公募)では、国旗と国歌の記載について「削除してほしい」「押し付けにならないようにしてほしい」との意見が寄せられた。「伝統や文化に触れる」観点での賛成意見もあった。

(転載おわり)



政府答弁書 教材に教育勅語否定せず 
「根本とする指導は不適切」

(東京新聞2017年04月01日朝刊)

政府は31日、戦前の教育の基本理念を示した教育勅語を学校で取り扱うことに関し「わが国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切だ」とする一方「憲法や教育基本法に反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」との答弁書を閣議決定した。

民進党の初鹿明博衆院議員が、1948年に衆院は教育勅語の排除を、参院は失効をそれぞれ決議したことを踏まえ提出した質問主意書に答えた。

教育勅語は、大阪市の学校法人「森友学園」が運営する「塚本幼稚園」が、園児に暗唱させていた。国会答弁で内容を是認する見解を述べた稲田朋美防衛相を、野党が問題視している。

(転載おわり)



中学武道に追加の「銃剣道」とは? 旧日本軍訓練の流れ
(朝日新聞DIGITAL 2017年04月01日05:01)

 31日に告示された中学校の新学習指導要領で、中学校の保健体育の「武道」に新たに盛り込まれた「銃剣道(じゅうけんどう)」。松野博一文部科学相は同日の会見で「競技人口や国体種目であることなども判断材料としてほしいとの意見を踏まえた」と述べたが、旧日本軍の戦闘訓練に使われていた「銃剣術」の流れをくむだけに、波紋が広がっている。

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 公益社団法人・全日本銃剣道連盟によると、競技では、面や胴など剣道に似た防具を身につけ、銃の形をした木製の「木銃(もくじゅう)」でのどや小手、肩などのポイントを突き、「一本」を狙う。

 「旧日本軍の戦闘訓練のイメージがあるので様々な意見が寄せられるが、今は目的も性格もまったく違う」と連盟副会長の鈴木健さん(68)は話す。

 鈴木さんによると、銃剣道の歴史は明治初期、フランスから伝わった西洋式銃剣術にさかのぼる。その後、日本古来のやりの技を土台として研究が進み、戦前は旧日本軍の訓練に用いられていた。

 1956(昭和31)年、連盟が創設され、現在会員数は全国に約3万人。自衛官が多いという。毎年8月には日本武道館で選手権大会を開催し、国体の正式競技にもなっている。

 2月に公表された新学習指導要領改訂案には銃剣道が盛り込まれていなかった。連盟は3月、明記するよう求める要望書をスポーツ庁に提出。文科省によると、改訂案に対するパブリックコメントで「加えるべきだ」との意見が数百件あったという。元自衛官で「ひげの隊長」として知られる自民党の佐藤正久参院議員は、自身のブログで「銃剣道を学習指導要領に」と題し、「入隊時、陸上自衛官や航空自衛官のほとんどが習う」などとし「パブリックコメントに意見を投稿する努力を続けて来た」とつづった。

 一方、ネット上では「銃剣道って日本軍以外に使われる物なの?」「なぜ中学校で教える必要があるの? 誰が教えるの?」などと戸惑いの声が上がる。

 文科省によると銃剣道を授業で実施している公立中学は全国で1校。この中学校の体育教諭によると授業では相手を突かずに型を教えているといい、「けがも少なく、安全に武道を実践できている」と話す。(水沢健一、宮嶋加菜子)

(転載おわり)


しんぶん赤旗 元号復活…28年ぶり、1日付紙面から
(毎日新聞電子版2017年04月01日11:19)

 共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が1日付紙面で、1989年以来、28年ぶりに元号表記を復活させた。天皇制と関係が深い元号を国民に強制すべきではないとの立場だったが、「西暦を平成に換算するのが煩わしい」という読者の声が増え、柔軟路線に転じた。

 元号を使うのは1面の欄外にある日付の部分。1日付から西暦の2017年と平成29年を併記した。記事は従来通り、原則として西暦で書く。元号表記は「昭和」から「平成」に変わった時点で中止していた。

 共産党は昨年の通常国会から、天皇陛下が出席する開会式に幹部が出席し始めた。陛下の退位に関する法整備の議論にも参加し、民進党より先に特例法容認を打ち出した。

 長く党を支えてきた赤旗購読者や党員の減少に悩む共産党は、保守層への支持拡大をうかがっている。元号の使用にはそうした思惑もあるようだ。

 党によると、赤旗の発行部数は日刊紙と日曜版を合わせて約113万部。党関係者は1日、「元号の慣習的な使用には反対しない。読者の要望に応えた」と説明した。【朝日弘行】

(転載おわり)



資料不開示に首相審議拒否 森友疑惑解明に背向ける政権
(朝日新聞DIGITAL 2017年03月31日23:13)

 学校法人「森友学園」への国有地売却問題で、野党が求める資料開示の大半に政府が応じていないことが朝日新聞のまとめでわかった。「天下り」あっせん問題でも、与党が31日、安倍晋三首相が出席する集中審議の開催を拒否。疑惑解明に背を向ける政権の姿勢が際立っている。

31日の衆院予算委員会の理事懇談会。民進党の長妻昭・筆頭理事が与党に対して、森友学園側と首相の妻昭恵氏側との間で交わされたメールやファクス、手紙などの資料提出を政府に要求するよう改めて求めた。資料提出や追跡調査に応じてこなかった政府の姿勢を念頭に、「『破棄した』というものは、職員一人ひとりの記憶をメモにして出してほしい」と念を押した。

 野党側は森友学園問題が発覚した2月以降、衆参両院での予算審議中に延べ26件の資料提出や調査を政府に要求してきた。しかし、政府は交渉経緯の記録について「廃棄して残っていない」と説明するなど、6割余にあたる17件で対応していない=表。大阪府私学審議会の議事録など黒塗り箇所が多い資料もあり、要求通りに応じたものは4件にとどまる。

 自民党の鴻池祥肇(こうのいけよしただ)元防災担当相の事務所が作成した面談記録が明るみに出ても、政府は「個別に確認することは差し控える」(佐川宣寿・財務省理財局長)との姿勢を続ける。例外的に調査に応じたのは、工事業者が作った記録に財務省が土中のごみの埋め戻しを指示したとの記載があることについて、自民の参院財政金融委員長から指示された時ぐらいだ。

 長妻氏は理事懇終了後、「これほど恣意(しい)的に都合の悪いことを隠そうとする状況を許してはならない。諦めたら政府の思うつぼだ」と語った。

(転載おわり)


この記事へのコメント

  • うつくしま

    何かと思えば、ただのサヨクの戯言だった。何故日本と言う国が千年以上も続いているのか考えたことがあるのかね。万系一世の天皇陛下と皇室があって、それを国民が敬うことで、ただの一度も他国の侵略を受けず、国としての統一を保ってきたからではないのか。教育勅語の素晴らしさを理解できないのなら、もはや日本人ではない。どうせ半島人なのだろうから、とっとと日本から出て行ってほしい。
    2017年04月04日 23:38
  • ayame

    >うまつくしさん

    誰かと思えば…、最近、いるんだよね、この手のアホが。

    「日本と言う国が千年以上」って、千年クラスの国なら、世界中にいくらでもあるぜよ。中国やエジプトは5千年クラスだぜ。世界史と日本史をもっと勉強してから出直しな。

    な~にが「半島人」だ。日本にある半島名を30ほど言ってみな。言えるわけねえよな、この知力不足があ。
    2017年04月06日 19:22
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