【PKO撤退表明】治安状況と撤退時期を偽装―アベは自衛隊を安保法の“試供品”として私兵化

政府は、陸上自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊を、5月末をめどに撤収させることを決めた。

部隊が活動する首都ジュバでは昨年7月、政府軍と反政府勢力との大規模な戦闘が再三発生し、陸自部隊の宿営地付近でも銃撃戦が展開されるなど治安の悪化が指摘されていた。

だが昨日、部隊の撤退を発表した安倍シンゾ首相は記者団に、陸自が担当する施設整備が一定の区切りがついたことをその理由として挙げ、また、同日記者会見した菅義偉官房長官や稲田朋美防衛相らも、「治安の悪化が撤収の理由ではない」ことを強調。あくまでも現地情勢は悪化していないとの認識を見せた。

しかし国連は南スーダン内戦が「ジェノサイド(民族大量虐殺)」に発展する恐れをたびたび警告するなど、現地は緊迫の度合いを深めている。

今月3日には、PKOの国連南スーダン派遣団(UNMISS)トップのシアラー事務総長特別代表は「深刻な食糧不足と戦闘の危険により、人道支援団体が避難や撤退を余儀なくされている」との緊急声明を発して警鐘を鳴らしている。

さらに、米国のパワー前国連大使は今年1月、退任前の記者会見で、国連の南スーダンPKO部隊が、南スーダン政府に移動の制限を指示され、実質的には市民の保護すらできない状況にあることを明らかにし、「最悪のPKO任務」だとの懸念を表明していた。

また昨年12月には、国連安全保障理事会に南スーダン政府・反政府の両勢力に対する武器禁輸などの制裁案(米国が主導)が出されたが、日本は南スーダン政府の反発を招くとして採決を棄権し、結局は採択のための賛成票が足りずに制裁案は否決されるなど、米国との立場の違いが表面化した。

いったいアベ政権は何のために部隊を派遣したのか。その根本部分がよくわからない情勢判断の仕方や、現地の戦闘停止や停戦、武器使用抑制などのための武器禁輸に反対する姿勢など、日本政府の腰の引けた支離滅裂な対応は、今回の陸自部隊の撤退にも表れている。

例えば、イナダ防衛相は10日夜の会見で、撤収の検討を始めた時期を「昨年の9月ごろ」と説明したが、この時期は、ジュバでの大規模な戦闘が起きて約300人が死亡したと伝えられた時よりも1ヵ月以上も遅い

しかも大規模戦闘以降、現地部隊は国連施設内の宿舎の修理などに活動を限定しており、「本来」の道路整備などの作業が再開されたのは昨年10月末で、衝突後3か月もたってからのことだ。

防衛省ぐるみで情報の隠蔽が問題となった現地部隊の昨年7月1日の日報のページには、「ジュバ市内で政府軍と反政府軍との戦闘が生起」とはっきりと書かれており、陸自の宿営地付近でも激しい銃撃戦があった様子が生々しく記されている。

こうした危険な状況の中で、なぜ部隊撤退の選択をせずに、ずるずると現地に滞在させていたのか。しかも作業再開の前(イナダによれば「昨年9月ごろ」)には、政府内で撤収の検討に入っているのに、だ。

それを解くカギは、憲法違反の「駆け付け警護」にある。

今回撤収することになった11次隊には、派遣前の昨年11月、国連職員や他国軍部隊など、離れた場所にいる関係者らを、武器を使って救出する新たな任務「駆け付け警護」が付与されている。

この新任務は「海外での武器使用=戦闘行動」に当たる恐れがある極めて違憲性の強い禁じ手だが、アベ政権は安全保障関連法の一環として、海外での初の適用ケースとして位置づけてきた。

この憲法違反ともとれる自衛隊の武器使用を伴う新任務が、撤収を検討していた時期にあえて派遣部隊に付与されたことの意味は何なのか。

当時国会では、自衛隊が戦闘に巻き込まれる恐れはないのか、南スーダンの治安状況がPKO派遣法が想定しているような悪化する可能性はないのか、また、戦闘の発生が予想される状況での駆け付け警護の任務付与は適切なのかといったことなどが、論戦の対象となっていた時期だ。

しかし政府は、一方では撤収の検討に着手しながら、野党の追及をはぐらかして撤収を否定し続け、「駆け付け警護」の新任務を与えて、自衛隊を派遣している

つまりアベ政権は、安保法に盛り込んだ「駆け付け警護」=「海外での武器使用・戦闘行動」という軍事上の実績を作りたかったがために、あえて違憲の疑いが濃厚な自衛隊派遣の継続を続けたと言える。自衛隊の「試供品的悪用」だろう。

部隊の撤収を検討し、それが可能な状況にあったにもかかわらず、アベは自衛隊を手駒として実際の軍事に使ってみたかったのだ。自衛隊の“私兵化”である

そのために、必要もないのに、部隊をわざわざ危険な地域に止め置き、実際の撤収をそれから半年間も引き延ばした可能性が強い。アベ政権は最初から「駆け付け警護の試用期間」を半年間と設定していた疑いがある。

そればかりではない。安保法により宿営地の共同防衛を可能とする法的裏付けを与え、武装集団の襲撃に対して自衛隊を他国軍とともに対処(警告射撃や武力による反撃)させる、実際的な「集団的自衛権の行使」への道を開くことを狙っていたともいえる。

そのためにこそ、日本から遠く離れたアフリカの奥地・南スーダンは、情報を隔離・隠蔽するためには最高のロケーション選択であったわけだ。

政府の今回の撤収理由や撤収引き延ばしの判断と、国連の状況判断には大きな乖離がある。国連は昨年7月の大規模な戦闘をきっかけに、PKO部隊の増派を決定している。国連の判断は間違いなく「治安の悪化」だ。

実際に現地の自衛隊の判断による治安状況は、「PKO日報」に記されていた通り、昨年7月時点ではすでに極めて危険な様相を呈していたとみて間違いないだろう。

イナダのように「憲法違反になるから戦闘ではない」などといういい加減な状況判断しかできない指揮官(防衛相)は、部隊ともども日本を危うくする。いったい、イナダの頭の内部はどんな構造をしているのか。

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そんな指揮官を軍のトップに据えているボンボン・アベもまた、威勢がいいだけで一切の責任を取ろうとしない無責任男のそしりを免れない。

しかも古来言われているように、軍にとって最も危険で不安定なのは、撤退するときである。部隊の士気は低下し、攻撃を受けたときには総崩れになる恐れがある。撤退を決めたら、一刻も早くその場を離れることが常道だ。

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撤収期限とされる5月までまだ2か月もある。なぜ一刻も早い帰国を躊躇しているのか。アベの不決断で、これ以上、自衛隊を危険にさらしてはいけない。

アジア・太平洋戦争末期のように、“撤退”を“転戦”と言い換えて犠牲を増やしていった関東軍や大本営の優柔不断の失敗の教訓は、すでに軍事オタクの頭からもきれいさっぱり、忘れ去られているのかもしれない(あるいは、もともと知らない)。

アベやイナダの常日ごろからの緊張感のない、チャラチャラした態度は、自衛隊を戦地に派遣している国の責任者のものとは程遠い。

彼らは自衛隊を、政権の延命と地位保全のための単なる道具としか見ていないのではないか。

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だとしたら、勉強をそっちのけでゲームに熱中している小学生程度の頭の内容量しかないと言える。これだもの、誰が考えても明らかにおかしい“森友学園”に夫婦そろって名前を貸したり、防衛相名で感謝状を贈ったりするのも肯けるわ。

「軍事知らずの軍事オタク」であるアベが最高指揮官であるこの国の行く末が思いやられる。頭の悪い軍国主義者ほど使い物にならないものはないし、危険なものはない。

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南スーダンPKO撤収へ 5月末めど 政府発表 
治安悪化は否定
 
(東京新聞2017年03月11日朝刊)

政府は10日、国家安全保障会議(NSC)の閣僚会議を開き、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣中の陸上自衛隊の施設部隊を、5月末をめどに撤収させることを決めた。安倍晋三首相は同日夕、記者団に「自衛隊が担当する施設整備は一定の区切りをつけることができる」と説明した。南スーダン派遣は2012年1月の開始から5年余りで終了する。

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(2面より・クリックで拡大)

首都ジュバ周辺の道路や建物を整備するため派遣中の第11次隊は、15年に成立した安全保障関連法に基づき、武器使用の範囲を拡大する「駆け付け警護」などの新任務を初めて付与された。

ジュバ周辺では昨年7月、政府軍と反政府勢力の大規模衝突が発生するなど情勢は不安定で、憲法が禁じる海外での武力行使につながらないよう定めたPKO参加五原則に活動が抵触していないかどうか、たびたび国会で議論となった。

菅義偉(すがよしひで)官房長官は10日夜の記者会見で「活動終了は治安の悪化を理由とするものではない」と述べた。

首相は、今後も南スーダンに「平和と発展のためにできる限りの貢献を行う」とし、国連派遣団司令部への要員派遣の継続、人道支援の充実を行うと強調。撤収方針は既に南スーダン政府や国連にも伝え、キール大統領から高い評価と感謝を受けたと明らかにした。

【解説】遅すぎた判断
南スーダンでは、自衛隊がいる首都ジュバを含め全土で大統領派と反大統領派との「戦闘」が続き、隊員の安全確保が懸念されていた。安倍晋三首相の判断は遅すぎたと言わざるを得ない。

日本は戦後、憲法の平和主義を貫き、1992年から参加したPKOでも施設整備など武器を使わない活動に徹してきた。

安倍政権は、集団的自衛権行使を認めた安全保障関連法に、PKOで「駆け付け警護」や治安維持活動など武器使用前提の任務を盛り込み成立させ、昨年3月に施行した。直後の7月にジュバでは大規模戦闘が発生。官邸筋は「9月から撤収を検討していた」と明かす。

だが、アベ政権はPKO参加五原則は事実上崩れているとの指摘の中でも撤収を判断せず、11月には初の安保法適用となる駆け付け警護の任務を付与した。

安保法に基づく新任務付与という「メンツ」のため派遣を半年間だけ引き延ばしたのではないか、と批判されても不思議ではない。しわ寄せを受けるのは、使命感を持ち、過酷な状況に置かれた派遣隊員や家族。状況は今も予断を許さないだけに、派遣の役目を終えたと判断したら、5月を待たずに早く撤収すべきだ。(金杉貴雄)

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(転載おわり)




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