【都議会百条委】「豊洲=安倍小學院=南スーダン日報隠蔽」とつながる政治の暗闇を解明せよ

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豊洲市場予定地

東京・築地の市場移転問題と、それにまつわる不明朗な豊洲の移転先用地(⤴)取得問題。これはもう、はっきり“スキャンダル”と言っていい。

その黒いいきさつを解明するための「百条委員会」設置がきょうにも決まる見通しとなった(20日都議会で決定)。虚偽の証言には罰則規定があり、議会は「伝家の宝刀」を手にすることになる。

審議の焦点となるのは、なぜ生鮮食品を扱う市場用地に、有害物質で汚染された東京ガスの工場用地が選ばれたのか、そして土地の売買契約が、価格、条件、「瑕疵担保責任」等も含めて適正・適切だったのか――などの数々の疑惑である。

築地再整備案から豊洲移転案へ変遷の謎

これまでの各種報道によれば、豊洲が移転先に浮上したのは青島幸男都知事時代の1998年とされているが、その前年(97年)10月には、築地での再整備案に加えて臨海副都心(お台場〔有明北〕)、晴海地区、豊洲地区を候補地とする都中央卸売市場作成の“4択”*を示す文書が存在する。

(→参照:『豊洲購入の原点文書「真っ黒」 都が開示した東京ガスとの交渉記録(追記あり)』加藤順子)

「*“4択”」=(現在の都中央卸売市場のホームページでは、ほかに石川島播磨跡地、中央防波堤内側が加えられ“6択”(下図参照)となっていて、比較検討の結果「用地」「交通」「商圏」の全条件を満たす場所としては豊洲以外になかったと説明されている。

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青島は1995年、参院議員を辞職して立候補した都知事選で当選し、臨海地区で予定されていた開発の見直しや世界都市博の中止などの公約を実行に移した。

その中で、建設業界やそれと結びついた都庁内勢力との軋轢(暗闘)により、都政に対する知事のガバナンスが効かない状態だったとも想像され、明確な根拠はないものの、青島が知らない間に都官僚、一部の議会会派、土木・建設業界などが密かに巨大プロジェクトとして“豊洲移転”を画策した可能性もあり得る。

と言うのは不可解なことに、この段階で先の文書には、築地の移転先候補地の面積は「約40ヘクタール(が必要)」となっていて、豊洲を念頭に結論を誘導するかのような動きが、都の内部に存在していたのではないかと思わせる(予定)面積設定となっているからだ。

築地市場の現地面積は23ヘクタールで、現地再整備にはさらに4・5ヘクタールが必要とされ、現在地ではその確保ができない上に、市場を稼働させながらの再整備は「困難」と記されている。

その後、都と業界団体「築地市場再整備推進協議会」は協議を重ねるが、97年12月の東卸組合(業界団体のひとつ)の特別委員会検討部会では、築地の再整備を続けながら、豊洲も視野に入れて検討することを決めている。

翌98年2月、東卸組合を含む市場6団体(水産卸、水産仲卸、水産買参、買出人、青果、関連事業者による各団体)は、「臨海部」に市場を作ることが可能かどうかの調査を都に要望。

その際には口頭で「豊洲」にも触れられていたに過ぎず、業界としてはあくまで「現在地での再整備」の方針を崩していない。

98年6月30日になって、都は市場団体からの調査要望に対し公文書で回答を出している。その内容は「(豊洲への移転は)検討すべき課題が多く」「現時点での可能性を見極めるのは極めて困難」としつつも、その判断には市場関係者に一致した意志を明らかにするよう求めている

同年10月、都が会議用に作成した文書に、「(同年4月から6月まで)精力的に関係5局(政策報道課、都市計画局、建設局、港湾局、中央卸売市場)で議論した結果、豊洲地区への移転が絶対不可能であるという結論には至らなかった」との記述がある。

9月に東卸組合から「水産棟立体化」の要望が出たのに対し、宮城市場長(当時)はあくまで築地再整備を前提としているかのように装いながら、水産棟の立体化は設備費の増加や非効率などを理由に「実現が極めて困難」と結論付け、築地での再整備は「難あり」を示す回答をしている。

だが、水産棟の立体化は、皮肉なことに現在出来上がっている豊洲市場では実現していることから、「立体化は困難」とする回答は、強引に「豊洲実現」に向けた誘導が本格化していたためとみていい。

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その一方で同市場長は同じ9月、地権者である東京ガスに土地の売却を打診しているが、東ガスは「すでに開発計画がある」として売却を断っている。

豊洲移転に執念を見せた石原慎太郎

翌99年4月に石原慎太郎が都知事に就任するが、11月に都は、改めて市場の移転先として豊洲の土地取得の意向を東ガスに伝えた。その時東ガス側は、豊洲の街区には土壌汚染の問題があるとして、売却を断っている

2000年5月になって、福永正通副知事(当時)が再度、豊洲売却を要請するが、東ガスは汚染土壌の処理に莫大な費用がかかるとして、またも拒否。都が提案した「豊洲・築地交換案」も断ったことから、交渉は暗礁に乗り上げる。

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記憶の墓をあばけ!

00年7月、あくまで豊洲の土地取得に執念を見せる石原は、副知事に迎えた側近の浜渦武生を交渉役に据える。

なぜそこまでして石原は、汚染がひどい豊洲にこだわったのかは、この問題の最大の謎であるが、石原本人は現在までのところ、全くその疑問に答えていない。百条委での徹底追及が待たれるところだ。

00年10月、東ガスに赴いた浜渦は、土地価格や開発者負担(土壌改良費用負担)の問題について「水面下でやりましょう」と提案。

「(価格を含む具体的な金銭上の未解決問題について)経営判断を行うに足る条件が示されていない」とする東ガスに、浜渦は「株主に損をさせない仕組み作り」などの3項目(「マル秘」と手書きされた資料)を部下に指示したことから、交渉は一気に進展を見せる。

翌01年2月には、両者の間で移転に向けた協議開始の覚書が締結された。豊洲地区区画整理事業の防潮護岸工事の開発者負担では、都が東ガスの負担を肩代わりする方針が決まった。

02年5月、国会で「特定有害物質による土壌汚染の状況の把握と健康被害の防止に関する措置」を定めた土壌汚染対策法(「土対法」)が成立する(施行は03年2月――詳しくは後述)。

03年に入り、土壌汚染対策についての両者の協議が本格化するが、東ガスは「汚染の中心部である負荷の高い箇所のみを実施する」「売却時には汚染土壌が残る」と説明。

同年10月には新たな処理費の負担を東ガスが拒否する。さらに東ガスは、都側から「売買時には汚染があってもしようがない旨の了承があったから最終合意に至った」と主張(03年12月)。東ガスにすれば「それなのに今さらなんだ!」というわけだ。

それに対し都は、「(それでは)議会での説明が持たない」と訴える。

「土壌汚染対策費用の分担交渉が本格化したのは09年から。技術会議の試算(586億円)を基に都は当初、東ガス側に222億円の負担を提示しましたが、強硬な値下げ要求をのんで11年3月に78億円と65%も減額して決着しました。」(「しんぶん赤旗」2016年12月3日)

「その交渉過程で、11年2月7日、東ガス側は『以前も100億かけて土対(土壌汚染対策)工事をしたのに、また100億もかけるとなると、「何をやってんだ」と突っ込まれる』と反発し、43・4億円に下げるよう主張。以降、都は83・5億円、79・1億円に譲歩し、最後は78億円で了承しました」(同上

共産党は、石原知事が市場から80億円の請求額の報告を受け、了承したと主張。11年2月18日、東ガスから土壌対策費の負担分を72億円に下げる要求が出た際、都の担当者は「知事に説明した80億に達していない」として「79億円でお願いしたい」と懇願した。

だが石原は、汚染費負担78億円を東ガスに押し付けたことについて、共産党の質問書に対し「いま思えばアンフェアだと思いますが、私の判断を求めらることがありませんでした」と回答し、自らの責任を否認している。 

土壌汚染対策法「附則三条」の謎

さて、その「水面下の交渉」が進められた同時期、もう一つの不可解な事態が、国会を舞台に繰り広げられていた。

それが、02年国会で可決成立し、03年2月に施行された「土壌汚染対策法(土対法)」だ。同法は特定の有害物質による土壌汚染の状況把握と健康被害の防止を目的に定められた法律で、“豊洲の汚染地は適用外”とされた。

当時民主党衆院議員で、その後この土対法に関する“疑惑”を調査し、国会で何度も追及の火の手を上げた川内博史氏は次のように証言している。

「02年1月に中央環境審議会がまとめた『報告書』(=土対法の基にする文書)になかった条項《附則三条・経過措置》が、2か月後に国会に提出されたときの法案には、なぜか追加されていた。これは《この法律の施行前に使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地については、適用しない》という重大な但し書きです。つまり『東京ガスの豊洲の土地は、調査せずに市場として使用できる』ように、抜け道が作られたわけです」

いったい、これはどういうことなのか?

いま最も問題となっている豊洲の土地の汚染問題が、本法の“オマケ”のようにこっそりと付け加えられた「附則三条」によって、「経過措置として全く問われない」ことになった、つまり、豊洲の土壌汚染は法律的にロンダリングされたことを意味する。官僚がよく使う手だ。

誰が、いつ、どこでこの附則三条を付け加えさせたのか、川内氏は国会で数十回にわたって追及。川内氏が法律の所管省庁である環境省の担当者を呼んで事情を質すと、そこで浜渦武生(副知事・当時)の名前が浮上したという。

この一連の経過を取材、報道した「週刊女性自身」(「WEB女性自身」)によると、浜渦は電話で「環境省と(この問題で)交渉した事実はない」と、川内氏の証言を完全否定したという。

そこで環境省に取材すると、「土対法附則三条に関する環境省と東京都の交渉の事実は記録上、過去にありません」と否定しながらも、「土壌汚染に関しては、01年10月、当時の石原都知事から川口(順子)環境大臣あてに文書で《市街地の土壌汚染対策の法制度を確立してほしい》という要望がされているのが、記録として残されています」と述べていて、石原と環境相との間に何らかの接触の事実はあったことをうかがわせている。

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さらに東ガスへの取材では「(都からの追加土壌対策や都が実施した対策工事の費用一部負担など)一私企業としてでき得る範囲のご協力はさせていただいた」との認識が示されるなど、三者間には微妙な食い違いがあることが分かっている。

百条委員会での徹底解明を

だが、都の幹部職員(や環境省職員)も含めて、役人は後々の自己保身のために、経緯を詳細に記録した書類や証拠等を私的に保管している場合が多い。「南スーダンPKO派遣部隊日報」と同様、いずれ何かの言い訳とともに出てくる可能性は十分にある。

都議会での百条委員会の設置が決まれば、当然、こうした具体的かつ詳細な経緯が明らかになるはずだが、都民・国民としては油断するわけにはいかない。

舛添要一前知事や猪瀬直樹元知事への追及が、知事の辞任によって中途半端に終わったという前例もあることであり、都議会の“与野党”議員にしても、豊洲問題発覚当時は百条委員会設置に及び腰、もしくは反対する会派や議員が多かったからだ。

(→参照:当ブログ『【舛添スキャンダル】野党は「舛添―安倍―山口」ラインの逃げ得を許さず、参院=都議ダブル選を勝ち取れ! 』2016年06月14日)

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舛添スキャンダルの時も、総務委員会で(このときは百条委員会は設置されていない)いざ追及が始まってみれば、自民党議員は最初だけ大きな声で毅然とした態度を見せていたが、それもすぐに腰折れしてしまい、途中からはむしろ舛添にエールを送る体たらくを見せた。

公明党議員も、質問の声は大きかったが、早々と追及を打ち切ってしまい、税金で買った絵画を福祉施設に寄付するという約束を取り付けたものの、その後の経過も結果も議会の場では明らかにされていない。あの膨大な数量の絵画・骨董品の類は、いまどこにあるのか。都議会第二党としては無責任の誹りを免れない。

また、肝心の小池知事サイドでも、就任以来のパフォーマンス好きに加え、にわか“新党”結成が噂されるなか、自身の党籍を自民党に置いたまま、選挙目当ての振る舞いが目立つ。

“主演女優”としての旅役者根性は買うとしても、ポピュリズム的劇場型政治が過ぎるのは、見せられている都民にとっても辛いだろう。

先述の「土対法」施行の半年後、自らも環境相(03年9月~06年9月・小泉内閣)に就任している小池である。豊洲の汚染対策に関して、都と東ガスとの最も脂っこいやり取りが続いていた頃であり、豊洲の汚染についてはそれほど大きな報道はされなかった(記憶によれば、だが)とはいえ、国の環境行政のトップにあった者として、当時、何らかの思いに駆られることはなかったのか。

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さらに言うならば、冒頭に書いたように、これはれっきとしたスキャンダルだ。そのタネとなっているのが、役所が絡んだ「土地取引」問題であるという点で、例の大阪・豊中市の「安倍晋三・昭恵小學院事件」と双璧をなすものでもある。

(→参照:当ブログ『【安倍昭恵にスキャンダル】近畿財務局の「土地払い下げ」…政権中枢に食い込む日本会議の陰影』〔2017年02月10日〕)

(→参照:当ブログ『【昭恵スキャンダル】アベの“首取り物語”になるか アベ夫婦の名義貸しと代貸し』〔2017年02月17日〕)

そしてもう一点は、途中でも触れたように「資料(データ)紛失、記録隠ぺい」という側面から言えば、「防衛省の南スーダンPKO派遣日報隠蔽事件」にも匹敵すると言える。

(→参照:当ブログ『【安倍訪米とPKO文書開示】戦争状態を「停戦」と言いくるめ自衛隊をトランプの手駒に提供 』〔2017年02月08日〕)

(→参照:当ブログ『【南スーダン自衛隊日報】「解釈改憲」が日常的になった稲田防衛相の国会“脱9条”答弁』〔2017年02月09日〕)

(→参照:当ブログ『「しまい過ぎた」では済まない“南スーダン日報” PKOを利用して軍が政治を凌駕する日』〔2017年02月18日〕)

すなわち、「豊洲汚染土の闇=安倍シンゾ夫婦小學院=シビリアンコントロールの崩壊」と一本のストリングで結び付けられるほど、現下の日本の暗部を象徴する大スキャンダルなのだ

百条委員会の設置は、首都・東京の議会が、フェイク・デモクラシーで終わるのか、真のデモクラシーを貫徹できるのかという一点で、議会の資質そのものが問い返される正念場でもあることは間違いない。

豊洲移転 百条委設置へ 都議会きょう協議 石原氏ら招致 自公も賛成
(東京新聞2017年02月20日朝刊)

東京都の築地市場(中央区)から豊洲市場(江東区)への移転問題を巡り、強い調査権限のある調査特別委員会(百条委員会)が、都議会に設置される見通しになった。最大会派の自民党、第二会派の公明党が、百条委の設置を求める方針を決定。これまで設置を求めてきた民進党系の東京改革議員団、共産党も併せ、都議会(定数127、欠員1)の過半数に達することが確実になった。

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百条委は地方自治法第100条に基づき、虚偽の証言や、正当な理由なく証言や記録の提出を拒んだ場合に罰則規定がある。各会派幹部が出席する20日の議会運営委員会理事会で、百条委で審議する内容や日程を協議し、22日に始まる都議会定例会で設置が決まる見通しだ。

移転を巡っては、市場用地として、土壌汚染が懸念されたガス工場跡を購入した経緯の不透明さが指摘されている。百条委では、用地取得に関する事実関係をどこまで究明できるかが最大の焦点だ。

都議会は「豊洲市場移転問題特別委員会」をすでに設置。参考人として、豊洲移転を決断した当時の石原慎太郎知事と、買収交渉に当たった元副知事の浜渦武生(たけお)氏に対し、3月18~20日のいずれかに出席を要請する方針も決めていた。

石原氏はこれまで参考人招致に応じる意向を示しており、「一刻も早く記者会見する」とも表明。ただ、参考人招致には強制力はないため、より強い調査権限のある百条委の設置が不可避との見方が都議会内で強まっていた。

7月には都議選が控えており、ある公明都議は「(百条委を設置しなければ)世論が許さないところまできている」と語った。

百条委の設置が決まれば、都議会では石原氏が知事を務めていた2005年以来、12年ぶり。副知事だった浜渦氏は百条委での証言が「偽証」と認定されたことで、辞職に追い込まれた。

(転載おわり)


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豊洲問題 浜渦元副知事と環境省、東京ガスの主張に食い違い
WEB女性自身2016年10月08日06:00)

「(環境基準値を超えた)ベンゼン、ヒ素が出たとの報告を昨日(29日)受け、大変驚いています」
 
9月30日、東京都庁で行われた定例会見で小池百合子都知事(64)が、そう語った。
だが、この豊洲問題の元凶は「有害物質が公表されていた土地を、購入しようとしたことだ」と言うのは、全国紙の都庁担当記者のひとり。
 
「都と東京ガスとの購入交渉は水面下で進められ、 01年7月に売買契約が結ばれたわけですが、都はその交渉内容を明らかにしていません。しかも、同時期に成立した土壌汚染対策法(以下「土対法」)の立法の過程で、都が深く関与した疑いがあるのです」
 
土対法とは《特定有害物質による土壌汚染の状況の把握と健康被害の防止に関する措置》を定めた法律で、 02年5月に国会で可決、 03年2月に施行されている。しかし豊洲の 汚染地 は同法の適用外だった。当時、民主党衆議院議員でこの 土対法疑惑 を調査することになる川内博史氏(54)が振り返る。
 
「02年1月に中央環境審議会がまとめた『報告書』(=土対法案の基にする文書)になかった条項《附則三条・経過措置》が、2カ月後に国会に提出されたときの法案には、なぜか追加されていた。これは《この法律の施行前に使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地については、適用しない》という重大な 但し書き です。つまり『東京ガスの豊洲の土地は、調査せずに市場として使用できる』ように、抜け道が作られたわけです」
 
これで、汚染物質が検出されていた豊洲の土地が、法的に市場として使えるようになってしまったのだ。では、この附則三条は いつどこで誰が 付け加えさせたものなのだろうか。川内氏は、以後数十回にわたって国会などで追及した。
 
「議員会館の私の部屋で当時の環境省の担当者(課長クラス)に、私が『東京都側の代表者は誰ですか?』と問うと『それは浜渦さんです』とハッキリと答えています」
 
この 代表者 として浮上した人物・浜渦武生氏とはどのような人物なのか?その浜渦氏は本誌の文書での質問に応じ、電話で次のように話し始めた――。
 
「浜渦と申します。お手紙をもらいましたのでね」
 
声のトーンはやや高く、柔らかい。紳士的な対応にも感じられる。
 
――環境省との都側としての土対法を巡る交渉はあったのでしょうか?
 
「私の方はそういうことはしておりません。環境省との交渉はやっておりません。誰なの、これ言ってるのは? 私の名前を。個人的には、私は石原さんが環境庁長官( 76~ 77年)をしていたこともあり、環境行政には非常に厳しいほうです。小池さんも環境大臣を経験しているけれどね。もし(環境省側から)聞かれれば言ったでしょうけど、私は交渉したことはありません」
 
――土壌汚染が公表されていた土地の購入を進める際 食の安全 への懸念はなかったのでしょうか?
 
「土壌汚染については、よ~く知っておりました。(東京ガスとの交渉は元々)前任の(福永正通)副知事が担当していまして、ボクは途中で変わったんですが、土地の浄化というのが購入の条件でした。東京ガスが土地をきれいにするというのを前提にしての交渉だった。まあ、築地市場だってあなた(耐震性や衛生面などを)調べた方がいいよ。はい、以上です」

川内氏の指摘を完全に否定した形になった。また本誌は、土対法を所管する環境省に当時の事実関係の確認を依頼すると、同省土壌環境課・担当者は、
 
「土対法の附則三条に関する環境省と東京都の交渉の事実は記録上、過去にありません。土壌汚染に関しては 01年10月、当時の石原都知事から川口環境大臣宛に文書で《市街地の土壌汚染対策の法制度を確立してほしい》という要望がされているのが、記録として残されています」
 
との回答。さらに東京ガスにも質問書を送り、見解を求めたところ、同社広報部から次のような回答があった。
 
「弊社は土壌汚染対策に真摯に取組み、対策完了を東京都にご確認いただいております。さらに東京都から市場立地のために追加の土壌対策を要請され、追加の上乗せ対策を実施しております。その後、東京都が実施した土壌汚染対策工事の費用の一部を負担いたしました。当社としましては、東京都に対し、一私企業としてでき得る範囲のご協力はさせて頂いたものと考えております」
 
このように、浜渦氏と環境省、東京ガスの回答は少しずつ食い違っていた。その後「改正土対法」が 10年に施行されて、附則三条は削除された。
 
「これで豊洲は土壌汚染区域となり、地下水モニタリングなどの調査が義務づけられた。いま汚染や偽装が次々に炙り出されていますが、あのまま豊洲が開場していたと思うと  」(前出・和知さん)
 
小池都知事は「(石原氏への)ヒアリングの調整はまだできていない」と会見で話した。果たして責任追及はしっかりとなされるのか――。

(転載おわり)


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